名スポットは迂回した先に。

【忘れられないふるさとの味#8】春日荷茶屋ののっぺい(奈良県奈良市 / 近鉄奈良駅)

その土地の人々に受け継がれてきた郷土料理やご当地グルメの発祥店や名店を紹介する「忘れられないふるさとの味」。

誰にとってもどこか懐かしく、ふと思い出しては無性に食べたくなる「ふるさとの味」は、旅に情緒をかき立てるもの。

郷土料理やご当地グルメを味わいつつ、その土地の記憶や物語に想いを馳せてみては?

春日荷茶屋ののっぺい

奈良県屈指の観光名所「春日大社」の鳥居をくぐり、威厳ある石灯籠の前を心静かに本殿へと進む。

春日大社の大きな灯籠 Photo by よだ なお

参道では鹿たちが落ち葉を細い足でクシャリクシャリと踏み歩き、遠くから「キュオーン」という鳴き声も響く。鹿たちも今日が特別な日であることを知っているのだろうか。少しそわそわしているようにも見える。

春日大社の参道の鹿たち Photo by よだ なお

毎年12月15日から18日には「春日若宮おん祭り」が行われる。平安時代から一度も途切れずに続いてきた春日大社のお祭りで、大名行列や流鏑馬などが行われ、街は華やかな雰囲気に包まれる。今日はその真っ只中の12月16日だ。参道途中の「春日荷茶屋(かすがにないぢゃや)」もいつも以上の賑わいを見せている。お祭り中の2日間限定で食べることができる奈良の郷土料理「のっぺい」を目当てにこの店に集まる客は多い。そういう自分もその一人だ。

のれんや野点傘に日本らしさが伺える春日荷茶屋の外観 Photo by よだ なお

全国各地にある「のっぺい」と 呼ばれる料理は、奈良が発祥だと言われている。「おん祭り」のために集った人たちへ振る舞われた「のっぺい」が、それぞれの郷里でも親しまれ、定着していった。

おん祭り期間中限定の「のっぺい付き万葉粥」 Photo by よだ なお

このお店では普段、奈良名物の柿の葉寿司やそうめん、くず餅などが味わえるが、いちばんの名物は月替わりのお粥。12月の長芋のお粥と「のっぺい」がお盆に乗せられてくる。付合わせの奈良漬も嬉しい。

全国にある「のっぺい」の元祖と言われる奈良ののっぺい Photo by よだ なお

のっぺい」は、お椀の中にいろいろな具材が盛られている。まずは金時人参。しっとりと甘く、出汁をよく吸っている。その隣は生麩だ。噛んだらもちもちとした歯応えと対照的にヨモギの春の香りが口の中で爆ぜた。こんにゃくは表面に細かい格子の切込みが入っていて、隙間から煮汁が滲み出てくる。半透明になるまでじっくり煮込まれた大根は、繊維だけが水紋のように浮かび出て、水晶のように輝いていた。柔らかいのにサクサクした歯応えも残すごぼうと、クリーミーに感じるほどねっとりとした里芋もかなり大きめなのに食べ終わるのが惜しい。

しっとりと味の染み込んだ具材 Photo by よだ なお

厚揚げは予想外。これだけ味噌風味だ。きっと一度別で煮込んでいるんだろう。とても手間のかかった一品だ。断面はスポンジ状で、細かい穴が空いている。なるほど、濃厚な旨味はこの無数の穴から染み出すらしい。

木漏れ日と小鳥のさえずりが絶えず聴こえるお庭席 Photo by よだ なお

色、形、味、それぞれが個性的で魅力的な「のっぺい」はまるで宝石箱。スプーン1杯分だけ残ったつゆをスッと飲み干したら、全ての具材の味わいが凝縮されて、総集編のように駆け巡った。食べ終わってしまった「のっぺい」は名残惜しいけれど、まだ長芋のお粥がある。奈良漬をポリポリとしながらほのかな塩気でお粥を啜っていく。紅葉した七色の葉がはらりと落ちるのを見ながら、この贅沢なランチタイムをもう少し楽しむとしよう。

施設詳細

店名 春日荷茶屋
住所 奈良県奈良市春日野町160(春日大社参道内)
アクセス 近鉄奈良駅下車 徒歩25分
営業時間 10:30~16:30 (Lo 16:00)
火曜休み(月により変動あり)
駐車場 あり(春日大社の参拝者用駐車場)
備考 公式HP
のっぺいは春日大社の「おん祭り」の時期2日間限定。
詳細は公式HPにて要確認。

案内人

よだ なお

郷土料理(ふるさとごはん)コーディネーター」として、いつものごはんやおやつに日本各地の郷土料理を作って暮らしています。旅という名の、郷土料理&ご当地グルメ調査に出かけるのがライフワーク。調査と試作を経た郷土料理のレシピを、エッセイとともにInstagramで発信中です。本を出すのが夢。

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