名スポットは迂回した先に。

【忘れられないふるさとの味#6】松葉のにしん蕎麦(京都府京都市/京阪 祇園四条駅)

その土地の人々に受け継がれてきた郷土料理やご当地グルメの発祥店や名店を紹介する「忘れられないふるさとの味」。

誰にとってもどこか懐かしく、ふと思い出しては無性に食べたくなる「ふるさとの味」は、旅に情緒をかき立てるもの。

郷土料理やご当地グルメを味わいつつ、その土地の記憶や物語に想いを馳せてみては?

松葉のにしん蕎麦

京都市の鴨川沿いにある繁華街、祇園四条。地下の駅から地上へ出ると、目の前には日本最古の歴史と伝統をもつ劇場「南座」が圧倒的な風格で京都の街を見下ろしていた。その南座と肩を寄せ合うように建つのが「松葉」。京都名物「にしん蕎麦」発祥の店だ。

威厳ある南座と並ぶ松葉の外観 Photo by よだ なお

その歴史は創業160年余り。代名詞の「にしん蕎麦」は明治期に2代目が考案したものだ。その頃からずっとこの地で営業を続けているが、建物だけは時代と共に近代的になった。

松葉ではテイクアウト商品も扱っている Photo by よだ なお

とはいえ佇まいには昔の雰囲気がどことなく残っている。メニューの種類は多いが、何を食べるかは決まっている。京都の老舗に足を踏み入れるのは少々勇気がいるが、いざ入ってみると柔和な笑顔の店員さんが笑顔で迎えてくれて、緊張の糸はあっけなくゆるんだ。

店内には祇園祭のゆかりの品が飾られている Photo by よだ なお

窓側の席に陣取り、人や車が途切れることのない街角を見下ろしながら「にしん蕎麦」を待つことにする。

そばの下にニシンが沈んでいるのには理由がある Photo by よだ なお

にしん蕎麦」は、当時京都の人々のタンパク源であった「身欠きにしん」を甘露煮にして、蕎麦と合わせたものだ。だが、肝心なにしんの甘露煮の大部分は蕎麦で隠れている。写真映えの真逆をいくのには理由があって、実は、食べている間ににしんの旨みがつゆへと溶け出し、さらに美味しくなるようにわざとそうしているらしい。うならせられる理由だ。もっとも「にしん蕎麦」が生まれた当初は、人々がこんなに気軽に写真を撮るようになるとは、誰も想像していなかっただろうけど。

にしんに蕎麦に青ネギが彩りを添える Photo by よだ なお

にしんに箸を入れると、焼きしめられた表面が一瞬カチリと硬さを感じさせるものの、すぐにほぐれて脂が玉虫色に光る。

脂の乗ったにしんを松葉秘伝の味で甘露煮に Photo by よだ なお

よくある甘露煮は喉にギリギリと甘みが残ることが多いが、この店伝統の味は上品で軽い。確かな甘みを感じさせながら、ほのかな余韻を残してするりと消える。チュルリとすすり上げた蕎麦は少しつゆを吸い込んで塩気があり、にしんとの相性の良さはパズルがぴたりとはまる快感に似ていた。どちらも主張し過ぎず、そして欠けることもない。

つゆを飲み干した丼を置く。目をつぶって味の余韻に酔いしれるも、なんだか無性に寂しい。食べ終わったばかりなのに、この美味しさにもう一度会いたかった。どうやらすっかり「にしん蕎麦」に恋したらしい。窓からは鴨川の橋を渡る恋人達が見えた。

施設詳細

店名 総本家にしんそば 松葉 本店
住所 京都府京都市東山区四条大橋東入ル川端町192
アクセス 京阪 祇園四条駅下車 徒歩0分
営業時間 10:30~21:00(Lo 20:30)
水曜定休(祝日の場合は営業)
※季節によって変更あり
駐車場 近隣に市営駐車場あり(有料)
備考 公式HP
その他京都市内に複数支店あり

案内人

よだ なお

郷土料理(ふるさとごはん)の暮らしすと。」として、いつものごはんやおやつに日本各地の郷土料理を作って暮らしています。旅という名の、郷土料理&ご当地グルメ調査に出かけるのがライフワーク。調査と試作を経た郷土料理のレシピを、エッセイとともにInstagramで発信中です。本を出すのが夢。

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