普段何気なく利用している「階段」
建築を専攻していた学生時代に階段の魅力にとり憑かれ、卒業後も建築設計の仕事に携わるさんすけさんに、美しい階段スポットを、その魅力や楽しみ方とともに紹介してもらった。
さんすけさんは、「階段は、高い位置に移動するための装置であると同時に、風景を切り替えるものであり、境界をつくりだすもの、座れる休憩場所になることもある。また、階段にその土地の生活が滲み出ることもある」と言う。
今回は、素晴らしい「風景を切り替える階段」、「境界をつくりだす階段」、そして「周囲を引き込む階段」を、実体験をもとに厳選してもらった。旅をしていると必ず出てくる「階段を上り下りすること」を、ただの移動でなく楽しい体験に変えれる見方とともに10スポット紹介する。
1.雑賀崎灯台(Googleマップでみる)
和歌山県和歌山市、田子の浦に面する雑賀崎灯台。この灯台に登る階段は、岬の坂の地形の延長のようになっており、まるで地面から生えているように土地に馴染んでいる。
海と大地の境界に位置したこの灯台は、階段を登ることで大自然を見渡すことができる。さんすけさんは「風土に合った、風景を切り替える装置としての典型だ」と言う。
2.マルホンまきあーとテラス(Googleマップでみる)
宮城県石巻市にある、建築家の藤本壮介氏が設計した複合文化施設、マルホンまきあーとテラス。お目当ての階段は、入ってすぐ右側、ホール入り口に向かう途中にある。
吹き抜けを介して、諸室からの視線でつながる大ホール階段は、まるで建物の間の大通りのようにも感じられ、境界をぼかす階段と言えよう。
人の移動する通路でありながら、広場のような役割ももっている。階段横にはクッションが常備されており、「階段に座る」という行為を促している。窓際は天井高も低く、座ると周りからの視線があまり気にならない居場所になる点が良いのだとか。
このように、階段が担う「高い位置に移動する」以外の役割が多く、魅力的な階段の一つだ。
3.日光東照宮(Googleマップでみる)
栃木県日光市にある日光東照宮は有名な観光地だが、さんすけさんの楽しみ方は一味違う。
煌びやかな本殿も美しくて素晴らしい場所だが、徳川家康霊廟へと続く奥社参道にある、一段ごとに一枚石が用いられた207段の石段も魅力に溢れている。
この奥社参道はとにかく長い。それを単純な移動ではなく、折り曲がった道とこの石段、そして荘厳な自然により「歩くことで、物理的にも心理的にも境界を生み出している」のだとさんすけさんは言う。
4.事比羅神社(Googleマップでみる)
佐賀県鹿島市にある事比羅神社(ことひらじんじゃ)に行くための高い石段は、写真を見ただけでも「あの先に何があるんだろう?」と気にさせる魅力が伝わる。
さんすけさんは「付近には酒蔵通りなどがあり、高い建物がないため、より神聖でシンボリックなものとして圧倒される」という。
日本の原風景のようなのどかな景色の中、遠目で見つけてつい近寄ってしまうような魅力があるのだとか。街と神社の境界となる階段であり、かつ「木々に囲まれた神聖な神社」と「のどかな街並み」という風景を切り替える階段だ。
神社からの眺めは、ただ「視界が開けた景色」にはない美しさのある「木々に切り取られた景色」だ。
5.キルッコヌンミ中央図書館 Fyyri(Googleマップでみる)
フィンランド、ヘルシンキ郊外の町キルッコヌンミにある、ヘルシンキの設計事務所、JKMMアーキテクツが設計した図書館「Fyyri」。大階段はこの図書館の中心に位置する。
まず、フィンランドの図書館は「静かにしなければいけない場所」という通念概念があまりない。この大階段では、クッションを敷き詰めて寝転んで読書をしたり、はたまた観客席のように使ってプレゼン会が行われることもある。
各閲覧室を区切るのではなく、それぞれの雰囲気を引き込む装置としての階段である。
「日常」と「非日常」の二つの顔を持つところが、他にない魅力なのだ。
6.ヘルシンキの名もなきT字路(Googleマップでみる)
フィンランド、ヘルシンキの建物に囲まれた場所、T字路の通路にある無名の名階段。これは今まで遭遇した引き込む装置としての階段の中で、最高のものだ」と、さんすけさんは言う。
さんすけさんは、「すぐ横にゴミ箱がたくさんあることや、休憩できる場所が近くにあること、そして見通しがよく、シンボリックな階段は、待ち合わせなどで使われるのでは?」と想像する。
この想像が合っているかは置いておいて、このように階段ひとつから成り立ちや使われ方を想像することで、旅先の土地をより楽しむことができるのだ。
7.アラパチス博物館 エントランス(Googleマップでみる)
アラパチス博物館は、リチャード マイヤーが設計した、光あふれる印象的な博物館だ。手の込んだ装飾を施したローマの祭壇などが展示されている。
エントランス前にある大階段は、2Fにあるエントランスに向かうためのものだけではない。この階段は角地にあり、広場のような役割も担っているのだ。
博物館のエントランスとしてだけではなく、そばを歩いている人々の行動をも引き込む階段だ。
8.イタリア国立21世紀美術館 MAXXI(Googleマップでみる)
イタリア、ローマにある国立21世紀美術館 MAXXIは、プリツカー賞を受賞した建築家ザハ・ハディドの設計により2000年に開館したイタリア初の国立現代美術館だ。
プリツカー賞:建築界のノーベル賞とも呼ばれる、建築界でもっとも権威ある賞のひとつ。建築を通じて人類や環境に一貫した意義深い貢献をしてきた建築家に贈られる。
2万7000㎡もある広大な敷地に「MAXXI芸術館」と「MAXXI建築館」の二つのギャラリーで美術と現代建築作品を展示している。館内を巡る曲線の階段が特徴的。
エントランスでチケットを購入した後に、階段を上り始める仕組みだ。
今どこを歩いているのかわからなくなる中で、見える風景がどんどん移り変わる、まさに「風景を切り替える階段」だ。
曲がりくねった階段は建築の形にも影響をあたえており、曲線を用いた特徴的な外観を演出している。
9.グロッサの塔(Googleマップでみる)
イタリア、サンジミニャーノにある「グロッサの塔」の階段。
中世に栄えたサンジミニャーノは、当時、貴族や地元富豪たちが競い「権力や富の象徴」として、より高い塔を建てた。その街並みは、「中世のマンハッタン」と呼ばれることもある。
最盛期には塔が72本あったが、現在は14本が残存している。最も高い54メートルの「グロッサの塔」は登ることができるのだ。
長い歴史により人が歩いたところがすり減っているなどの痕跡が刻まれており、経年劣化すらも魅力となっている。
さんすけさんは「歴史を感じながら、上から差し込む光に導かれて登り、風景を切り替える装置としてはこの上ない」という。
塔の上からの景色はまさに感動的な絶景であり、ここでしかできない体験だ。
10.ベネチアの橋々(Googleマップでみる)
イタリア、ベネチアは、街中に運河がはりめぐらされており、水の都とも呼ばれる。
ベネチアを移動する時に欠かせないのが水上バス「バポレット」であり、運河を水上バスが通るため、川を渡る橋に階段がついていることが、他の橋と一味違う特徴といえる。
ベネチアには400もの橋があり、その一つひとつが違っており興味深い。川を渡す橋から、建物同士の間を繋ぐ橋もある。
水上バス「バポレット」の乗降のためにつくられた、運河と地面をつなぐ階段では、干潮時にのみ苔が現れる。「境界を生み出す階段」の役割がより顕著に現れており、さんすけさんのお気に入りの一つだ。
知識が付くと、見える景色が変わる。
観光名所でも、見慣れた場所でも、見方が増えることで景色を楽しむことができる。今回紹介したスポットに行った際にはもちろん、それ以外の場所でも、高低差のあるところには階段がある。
さんすけさんは「階段は使ってナンボのもの。実際に自分の足で感じてみることで、移動手段だけではない、階段の果たしている役割に気づくこともあり、それをきっかけに街を知ることができて楽しい」と語る。
ぜひ、階段を歩いてみることを通して、自分が今いる場所を、ほんの少しでも楽しめるキッカケにしてもらえたらと思う。
兵庫県出身。建築を専攻していた学生時代に階段の魅力にとり憑かれ、卒業後も建築設計の仕事に携わっている。休日にはカメラを片手に、愛車のロードバイクで各地の建築を巡りつつ、日本酒や醤油など、土着的な魅力を求めて旅をする。
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