その土地の人々に受け継がれてきた郷土料理やご当地グルメの発祥店や名店を紹介する「忘れられないふるさとの味」。
誰にとってもどこか懐かしく、ふと思い出しては無性に食べたくなる「ふるさとの味」は、旅に情緒をかき立てるもの。
郷土料理やご当地グルメを味わいつつ、その土地の記憶や物語に想いを馳せてみては?
伊勢神宮内宮へと向かうおかげ横丁。道の両側に並んでいるのはどれも江戸から明治の建築物だ。売っているのは地元の名産品から令和のスイーツまで様々で、ここを楽しみ尽くすには1日では足りない。
歴史ある建物群の中でも、匂い立つような色気を放つ、特別な店がある。江戸時代創業の老舗「すし久」だ。
かつて料理旅館を営み、伊勢神宮の勅使の宿として長く栄華を誇った老舗中の老舗から漂う風格は、他とは段違いだ。店先からは鮎を焼く煙が漂い、道行く者の鼻をくすぐっている。
当時のままの帳場を通って店内へ。靴を脱いでいると奥座敷から楽しげな声が聞こえてくる。昼時の店内は賑やかだ。
吹き抜けを仰ぎ見ると、思わずため息が出た。この柱や梁の重厚な色は、ちょっとやそっとで出るものじゃない。この空間にいつまででも浸っていたくなる。ただ、空腹がそれを許しそうにない。
店のすぐそばには五十鈴川が流れている。清涼な水流のBGMを聴きながら、名物の「手こね寿司」を待つとしよう。
「手こね寿司」は、三重県を代表する郷土料理で、元は漁師めし。獲れたての魚をその場で捌き、醤油漬けにしたものを、持参したご飯とともに手で混ぜて作ったのが始まりとされる。「すし久」の手こね寿司は美しい。厚み1cmはあろうかというカツオの漬けが、ビビッドな赤い花を咲かせている。
醤油が沁みたカツオはサクッとでもなくふわっとでもなく、その中間のなんとも言えない歯応え。噛むほどじわりじわりと風味が広がる。甘めの酢飯とともに頬張ると、味に奥行きがぐんと出た。青紫蘇が混ぜ込んである酢飯は、香りといい味わいといい、それだけでも完成品。水分を吸っていく分しっとりした刻み海苔が添えるアクセントも絶妙。この死角のない美味しさを表現するいい言葉がまるで思いつかなかった。それなら伊勢神宮へ向かうしかない。神に祈れば「手こねずし」にぴったりの賛美の言葉が御信託となって降りてくるかもしれないから。
施設詳細
喫茶名 | すし久 |
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住所 | 三重県伊勢市宇治中之切町20(おかげ横丁内) |
アクセス | JR五十鈴川駅下車 徒歩25分 |
営業時間 | 11:00~18:00( Lo 17:30) ※毎月月末は11:00~15:30(Lo 14:30) ※季節により変動あり |
駐車場 | 近隣に市営駐車場あり(有料) |
備考 | 公式HP(HPより予約可能) 公式Instagram |
よだ なお
「郷土料理(ふるさとごはん)の暮らしすと。」として、いつものごはんやおやつに日本各地の郷土料理を作って暮らしています。旅という名の、郷土料理&ご当地グルメ調査に出かけるのがライフワーク。調査と試作を経た郷土料理のレシピを、エッセイとともにInstagramで発信中です。本を出すのが夢。
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