その土地の人々に受け継がれてきた郷土料理やご当地グルメの発祥店や名店を紹介する「忘れられないふるさとの味」。
誰にとってもどこか懐かしく、ふと思い出しては無性に食べたくなる「ふるさとの味」は、旅に情緒をかき立てるもの。
郷土料理やご当地グルメを味わいつつ、その土地の記憶や物語に想いを馳せてみては?
和歌山県の海岸沿いの中部にある御坊市。熊野古道もあるこの街に「せち焼きやました」はある。この辺りのソウルフード「せち焼き」の発祥のお店だ。
紫紺ののれんをくぐると、離れ小島のようにおかれた5つの鉄板付きテーブルが見えた。
お姉さんとお母さんが休む暇なく片付けるが、ひっきりなしに入るお客さんで店内は常に満席状態。それだけファンの多い店なのだ。「お待たせしてごめんなさいね」とお姉さんが和歌山弁で席に通してくれる。
「せち焼き」は、お好み焼きと似ているが、少し違う。鉄板で作る焼きそばを卵で焼き固め、まとめたものだ。初代店主の夏子さんが「おばちゃん、焼きそば卵でせちごうて」というお客さんのリクエストから生み出した。「せちごう(せちがう)」は、この辺りの方言で「めちゃくちゃにする」とか「いじめる」とかそんな意味の言葉らしい。焼きそばに卵を乗せヘラで上に下にと混ぜ炒めて作る。
目の前で焼いてもらった熱々のせち焼きを、ハフハフしつつ食べる。
コリコリのイカとモチモチの焼きそば。しおれたキャベツはとにかく甘い。
鼻にツンとくる刻み生姜も、辛味強めなソースも、マヨネーズのスコンとした酸味も…全ての具がこれしかないバランスで完璧にまとまっている。味の一体感が桁違いだ。
きっとこの一体感の要が「卵でせちごうて」なんだろう。お好み焼きにそっくりな見た目して、これは全然違う。恐れ入りました。
焼いて、片付けて、焼いて、片付けて。息つく暇もない忙しさなのに、お母さんとお姉さんから明るい「おおきに」が何度も何度も聞こえてくる。
ヘラが鉄板に当たる「カン!」「シャッ!」の音が「感謝」になって、この店には常に「ありがとう」が充満していた。 こちらもいつもより大きめの「ありがとう」と言って店を出る。心もお腹も満腹だ。
施設詳細
喫茶名 | せち焼き やました |
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住所 | 和歌山県御坊市湯川町財部49-12 |
アクセス | JR御坊駅下車 徒歩15分 |
営業時間 | 11:00~15:00 (火・水曜定休) ※売り切れ次第終了 |
駐車場 | あり |
備考 | 公式HP 公式Instagram |
よだ なお
「郷土料理(ふるさとごはん)の暮らしすと。」として、いつものごはんやおやつに日本各地の郷土料理を作って暮らしています。旅という名の、郷土料理&ご当地グルメ調査に出かけるのがライフワーク。調査と試作を経た郷土料理のレシピを、エッセイとともにInstagramで発信中です。本を出すのが夢。
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